

生成AIに仕事を奪われるかどうかを
チェックリストで確認

記事の内容
自分の「奪われやすさ」をチェックリストで確認
まずは生成AIに仕事を奪われやすい人かどうかを確認するためのチェックリストをご用意いたしました。

いかがでしょう?
褒められることはあるけど賞賛となると…
AI様の言うことには逆らいません
ひとつでもチェックが入ると危険なので、それぞれ詳しくみていきましょう。
150人以上の組織で働く人はシステムの一部?
イギリスの人類学者ロビン・ダンバーが提唱したダンバー数という概念があります。
これは安定的な人間関係を維持できる個体数の上限は150人程度というものです。

要するに150人以上になると脳のキャパシティを超えてしまい、それぞれと深い関係性を維持するのが難しくなるということです。
そのため「ルール」「肩書き」「マニュアル」といったシステムで統治せざるを得なくなります。
社内でも名刺もらわないと誰だか分からない時あるな
そういった組織の中で「優秀」とされている人を思い浮かべてください。
おそらく「組織の慣性を維持して、利益を最大化できる調整者」的な振る舞いをしている人だと思います。
組織の利益の最大化=みんなの役に立つってことだろ?
会社というシステムを円滑に回してくれている人ってことね
そのとおりです。
間違いなく無くてはならない存在です。

組織の慣性を維持して利益を最大化するうえで特に重要なポイントは、前例を踏襲することであったり、問題を起こさないこと、個人の意思よりも組織の論理を優先することがあげられます。
まさに滅私奉公だな
個人のエゴを抑えて組織に尽くすことは誰にでもできることではありませんので「優秀」といわれる所以です。
ただ、ここで問題となるのはその優秀たる所以はAIが最も得意としているということです。
生成AI(LLM)は次に続く確率が高い言葉を選び出す統計モデルという仕組み上、前例しか踏襲しません。
感情に左右されず、24時間365日稼働し、退職されるリスクもありません。
そして、組織の一部として完璧に同化します。
まんま優秀な人じゃん
そうなんです。
特に重要なポイントは優秀な人は維持するコスト(人件費)が高いということです。
それに対して生成AIなら月数千円で雇うことができます。
つまり、同じアウトプットを期待するなら「優秀な人」を維持する理由が、組織にはまったく無いということになります。
これは組織の期待に忠実に応えてきた人ほど、組織から必要とされなくなるというパラドックスが現実のものとなっていることを意味します。
そういう組織をつくってきたのが
自分自身というパラドックスもあるな
そうですね。
大きな組織は、個人の経験や勘に頼る属人的なものを避ける傾向があります。
誰がやっても同じ結果が出る「マニュアル」や「標準プロセス」が目標となり、それはAIが読み込むための最高の「学習データ」となってしまいました。

有休が取りやすいホワイトな職場ってのも考えものだね
生成AIの登場によって、組織というシステムの中で「私」を「滅」していては、役には立てない時代になったといえます。
生成AIが使えないのは生成AIのせい?
たとえば、生成AIとのラリーが10回以上続かなかったり、生成されたものに対して修正指示がうまく伝えられないということはないでしょうか?
それが普通でしょ。神の言うことには逆らわない
そもそもなぜ生成AIに任せになってしまうのかといえば、その主な原因は「アウトプットの解像度」が低く「意志」が欠如しているからです。

具体的には、最終的にどうしたいのかゴールを設定できないことであったり、自分の考えを言語化できなかったり、生成されたものを適切に分析、評価できないことがあげられます。
「なんとかして」ってざっくり指示しているイメージよね
そのとおりです。生成AIをうまく使いこなせない人は「AIは面倒なことを代行してくれるツール」と認識していることが多いです。
ただ、AIは「代行者」ではなく、いわば「拡張者」です。
つまり、自分の思考をブーストさせるためのツールです。
0→1ではなく1→100のためのツールってことだな
ITの世界に「Garbage In, Garbage Out」という言葉があります。

直訳すると、「ゴミを入れれば、ゴミが出てくる」ということです。
どれほど優れたAIであっても、プロンプトの質が低ければ、得られる結果も無難な正解という無価値なコンテンツが生成されることになります。
これらのことから、生成AIを使いこなすうえで自分の中に「1」があるのかどうかが、大きな分岐点になるということがいえます。
でも「1」って具体的になんだろう?
それを突き詰めると、超主観的なこだわりであったり、自分のわがままではないかと思います。
現代のビジネスパーソンは客観的であることを求められることが多いので、主観を脇に置くことに慣れきってしまっています。
しかし、客観性でAIと勝負したら勝ち目はありません。
そして、それはAIを使うことによってコモディティ化(誰でも手に入れることができる)するので、人が客観的である理由が無くなってきているとすらいえます。
これはつまり、主戦場は「主観」にシフトしたということを意味します。
仕事で賞賛されたことがないのは黄信号?
部下の心理的安全性(安心して本音を話せる状態)を確保することが、現在のマネジメントの主流なので、その過程でポジティブフィードバックが増えることで、褒められる機会が多くなったと思います。

かつての上意下達感はだいぶ和らいだな
そういった意味で、褒められた経験をもつ人は増えましたが、賞賛となると話は変わってくるのではないでしょうか。
たしかに賞賛されたって感覚はないね
褒めると賞賛するの違いを辞書的に定義するつもりはありませんが、「褒める」は、あらかじめ決められた正解や基準に達したときに行われるのに対して、「賞賛する」はその人ならではの期待を超えた成果に対して行われる行為といえるのではないでしょうか。
たしかに予想通りなら賞賛まではされないわな
そして仕事で賞賛されるためには、その仕事が「あなたならではの仕事」であると周りから認知されている必要があります。
要するに、期待通り、別の誰かに名前を変えても違和感がないという状態であれば、賞賛されることは極めて難しくなるということです。
ではなぜ、予定調和的に他の誰かでも構わない仕事を、多くの人がしているかといえば、そうすることには大きなメリットがあるからです。
そのひとつに批判の矢面に立たなくても良いということがあげられます。
仮にマニュアルを忠実にこなし問題が生じた場合、それはマニュアルに問題があります。
つくった資料の中に自分の名前がなければ少なくとも外から直接攻撃されることはありません。
つまり、賞賛される可能性があるということは同時に、批判されるリスクを受け入れる必要があるということです。

そして組織にとっても、賞賛も批判もされない人はとても都合がよいです。
組織というシステムを維持したい側からすれば、独自の考えで予定調和を裏切るような人は、マネジメントコストがかかるバグでしかないからです。
予定通りつつがなく仕事をしてくださいってことね
いうまでもなく、予定通りつつがなくではAIに太刀打ちできません。
みんなで賞賛され、みんなで批判に立ち向かうことは一見美徳のようにも思えますが、そういった共依存関係を維持するコストが生成AIの登場によって跳ね上がってしまいました。
それにより業績好調なのにリストラされるというパラドックスが現実のものになっています。
生成AIに仕事を奪われないために今できること
さて、ここまで生成AIに仕事を奪われやすい人の特徴を3つの観点から整理してきました。
仮にそうだったとしても…
じゃあ、どうすればってなるよね
そうなんです。
現実的に一個人が巨大な組織に対してできることは皆無なのは事実です。
しかし、何もしなければお伝えしたシナリオどおりになるのもまた事実です。
これからの組織に求められる人は、リスクをとって予定調和をポジティブに裏切る人です。
それができる人であることを周りに認めてもらう必要があるわけですが、その手段が資料作成です。

なぜなら、資料作成こそがビジネスパーソンにとって数少ない自己表現の場だからです。
それにも関わらず生成AI任せにして「手間が減ってよかった」としてしまうのは、自ら生成AIに仕事を譲り渡すようなものです。
生成AIが出てきたから資料作成をする必要がなくなるのではなく、それを自分独自のやり方でいかに活用していくかが求められているということになります。



